3.11

日本中が世界中が記憶に残る日となってしまった
3月11日
当時私は大手の保険会社のコールセンターで勤務していました
15時の休憩まで間もなくと思っていた時です
向かいの席の同僚が叫ぶ声が響きました
電話の向こうの方に必死で呼びかけましたが
電話はㇷ゚ツリと切れ
同時に話し声で騒がしいコールセンターの
すべての電話が鳴りやみました

いつまでも続く静寂
誰にも何が起こったのかわからず
叫んだ同僚がお客様が地震だと言っていたと
情報はそれだけでした
幹部が集められ少しづつもたらされたわずかな情報だけを頼りに待機

自宅へ帰ってようやく事の重大さに言葉を無くしました
保険会社は通常自然災害には対応しませんが、この時は即日被災者の対応にあたることが発表されました
被災地域のみならず、他県にいらっしゃるご家族からも次々と安否確認の電話が鳴りやまなくなりました
被災地対応のマニュアルが毎日数十ページ追加され、その対応に追われる毎日
混乱は何か月も続きました
毎日ご家族や被災者様から痛ましい憤りの悲しみに満ちたお電話ばかり
そのすべての感情の津波にのまれてこちらの精神も粉々になっていきました
同僚の中にも耐えられず辞めていく者も

この混乱が落ち着くまでは・・・
それだけを使命のように感じて心も体も不調をきたしながら勤め続けましたが
体重も40キロを軽く切ってドクターストップがかかり退職することに

未だにこの記事を書いているこの瞬間さえ
あの頃にタイムスリップして苦しくなります
当事者の方々はどんな思いで毎年この日を迎えられるのでしょう

どうしてもこの日だけはテレビをつけることが出来ません

あの日失われた命に
あの日失われた家族の方々に
祈ることしか出来ません

そして3.11をわすれないでいること
世界中のみなさまがしあわせでありますように

エンジェルメンタルセラピスト ku-on

にほんブログ村

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です